
アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。
今回は、横浜美術館リニューアルオープン記念展の最後を飾る企画展「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」をご紹介します。
本展覧会について

本展覧会は、1965年の日韓国交正常化から60年となる節目に合わせ、韓国の国立現代美術館との共同企画により、両国の美術館がおよそ3年間のリサーチと準備期間を経て実現させました。
会場では、韓国の国立現代美術館の所蔵品から優品19点が来日するほか、日本初公開の作品、本展のための新作なども含む、50組以上の作家による約160点の作品が日韓両国から集います。
1945年以降の日韓美術の関係史をひも解き、知られざる2国間の歩みをたどる、国際的にも初の大規模展示であり、両国のアートを通して、わたしたちの現在地、そしてともに生きる未来をみつめます。
「1章 はざまに―在日コリアンの視点」国交のない20年を「生活の肌理」で読む

展覧会の導入では、国家と国家の関係ではなく、日本と朝鮮半島の「はざま」に置かれた在日コリアンの作品を中心にはじまります。1945年の解放、朝鮮戦争、南北分断、そして1965年の国交正常化まで、制度としての関係が欠けていた20年間を、在日という立場が引き受けてきた現実から提示されています。本章は、当時の作品だけで閉じず、2010年代以降にこの“空白期”を主題化する作品も並置し、「過去は現在の視点から再編集され続ける」ことを、展示方法としても示しています。
「2章 ナムジュン・パイクと日本のアーティスト」越境を可能にした「個人史」のネットワーク

2章は、ナムジュン・パイクという突出した存在を軸に、制度以前に成立していた交流の回路を作品と資料で辿ります。彼が1950年に来日し東京大学で学んだことや日本語を介して日本のアーティストやクリエイターと長く親交を結んだことが、戦後の表現が国境線とは別のところで接続していた事実として提示されています。国交正常化を待たずとも、個人の移動・学び・協働が文化の地層をつくってきた事実にも触れることができるでしょう。
「3章 ひろがった道――日韓国交正常化以後」展覧会史としての交流、影響の“可視化”

3章では、国交正常化により、両国の現代美術がどのように相手国で紹介され、どんな影響を与え合ったのかをご覧になれます。1960〜80年代に行われた複数の展覧会を軸に俯瞰し、1968年の「韓国現代絵画展」(東京国立近代美術館)など、具体的な場が設けられたことを紹介しています。
「4章 あたらしい世代、あたらしい関係」90年代の“逆流”が開く地平

4章は1990年代に焦点を当て、若い世代がつくった新しい関係が描かれています。当時「日本で学ぶ韓国人学生は多いが、その逆はほとんどなかった」状況を述べながら、植民地期以来の“留学の一方向性”に対する、象徴的な逆流=関係の再配線です。関係が更新される瞬間の希望と、更新の条件が不均等なまま残る現実を同時に感じます。
「5章 ともに生きる」社会と結びつく表現が、現在の“隣人”を照らす

会場風景:百瀬文 / イム・スンフン《交換日記》2015-18 個人蔵
最終章のキーワードは「ともに生きる」。公式サイトが述べる通り、1987年の軍事独裁の終焉を迎えるが、民主化への連帯は国内外の作家へ広がり、アートと社会問題が切り離しがたく結びつく作品が生まれました。
そしてその意識が形を変えて現在へ引き継がれ、「見過ごされがちな問題を提起すること」がアートの重要な役割になっている、という総括で締めくくられています。国境や民族の話を“自分の外”に追いやれないことを、生活・家族・身体のレベルへ引き寄せながら、「ともに生きる」ことの素晴らしさと難しさを突きつけます。
最後に

会場では、隣国を“知る”から、隣国と“生きる”へ―展示が残す問いかけを来場者は受け取ることができます。展覧会タイトルにもなっている「いつもとなりにいるから」という言葉は、親密さの宣言ではなく、むしろ関係から逃げられない現実の言い換えとして、来場者の心に響くことでしょう。
日韓の美術を並べて「似ている/違う」を言うだけで終わらず、関係が生まれる場所(在日という狭間、パイクをめぐる個人史のネットワーク、展覧会という制度、留学の逆流、社会運動への連帯)を、複数のレイヤーで提示。「韓国をもっと知りたい」という好奇心の入口から入りながら、最終的には「私たちは、どんな仕方で隣人と生きるのか」という倫理の出口へ導かれていきます。
隣国が少し“近く”見えるのではなく、むしろ近いはずの隣国が、いかに複雑で、いかに多層な関係の束として成り立っていたかを知り軽々しく語れなくなる…その語れなさこそが、次の対話を始めるための誠実さを孕んでおり、そんな後味を残した展覧会だと感じました。
情報
横浜美術館 リニューアルオープン記念展「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」
会期:2025年12月6日(土)〜2026年3月22日(日)
会場:横浜美術館
時間:10:00〜18:00※入館は閉館の30分前まで
休館:木曜日
ホームページ:https://yokohama.art.museum/exhibition/202512_jkart1945/