
アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7 月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。
今回は、渋谷区立松濤美術館にて開催中の安彦良和の創作活動を展望する回顧展『描く人、安彦良和』展をご紹介します。
安彦良和って、どんな人?

安彦良和は、『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザイナー兼アニメーションディレクターでありながら、『アリオン』『ヴイナス戦記』等の漫画家兼アニメ監督、『ナムジ-大國主-』『虹色のトロツキー』『王道の狗』などの歴史漫画家としても活動しています。
北海道遠軽町に開拓民の3世として生まれ、大学では学生運動に身を投じ、その後上京してからはアニメ制作に参加し、漫画家に転身するなど激動の半生を歩んでいます。その作家性は、“物語世界の創造”と“キャラクターの生きた存在感”に深く根ざしていると言えるでしょう。
本展覧会について

本展覧会は、日本のアニメーション史、さらには戦後日本の文化史に深い刻印を残した一人の制作者の“描くという営み”を徹底的に可視化し、膨大な仕事量が織り成す濃密な資料展示から、アニメ・マンガの枠を超えて、絵画表現の本質を問います。
『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザイン、映画『クラッシャージョウ』原画、『巨神ゴーグ』、『アリオン』、さらには歴史漫画『ナムジ』『虹色のトロツキー』『天の血脈』まで、ジャンルを越えて活動してきた安彦良和。
会場では、単なる原画展ではなく、「描く行為」そのものがどのように物語を立ち上げ、人間像を形づくり、歴史を再解釈するのかなど、丁寧に段階を追って見せていき、“安彦良和の思考と手の運動”を来場者が追体験するような構造となっています。
見どころ①|800点を超える原画と資料でたどる“描線の歴史”

- 初期キャリアとアニメーター時代
- アニメーション作品:『機動戦士ガンダム』をめぐって
- オリジナルアニメ作品:『アリオン』『巨神ゴーグ』『ヴィナス戦記』
- マンガ家・安彦良和の世界 ― 歴史への眼差し
- 描く人としての到達点:絵画・スケッチ・思索
会場では上記の構成により、安彦が50年以上にわたってつづけてきた仕事が、単なる「作品の羅列」ではなく、“描くことの進化史”として提示されます。特に、キャラクターデザインのラフ、アニメーター時代のレイアウト、漫画原稿のペン入れ前の状態、彩色指示書、さらには未公開のスケッチまで、多層的な資料群が展示されている点が大きな見どころです。
見どころ②|生の線から“作家の息づかい”に触れられる

アニメ原画や漫画原稿は、印刷物や映像を通して触れることが多いため、実物を目にすると驚くほどその生々しさが伝わってくることでしょう。
原画の多くには、消しゴムの跡、鉛筆の粒子が残っており、それらは複製では決して得られない、作家の“手の温度”そのものなのだと感じられます。
鉛筆線の揺らぎ、筆圧の強弱、迷いながら描き加えた跡、キャラクターの顔が数ミリ単位で調整されていくプロセス、これらはデジタルでは決して再現できない情報量を持ちます。
見どころ③|キャラクターの人格を描く線に注目!

安彦良和を語るうえでやはり『機動戦士ガンダム』は避けて通れない作品でしょう。
会場でも注目を浴びているのはアムロ、シャア、セイラといった主要キャラクターの原画や設定画です。例えば、目の大きさ、頬の膨らみ、髪のボリューム、首のラインなど、微細な調整を経て、「未熟さ」と「天才性」の両立が生まれていくアムロ、目の表情が極端に抑制されつつも、わずかな線で感情を読み取らせるシャア、美しい頬の曲線、まつげの描き方など、絵画的なリアリズムが絶妙なバランスで共存するララなど、“キャラクターは存在する”という安彦の哲学が、線の一本一本に宿っています。
また、これらの原画だけでなく、レイアウト(画面の構図指示)をはじめ、動画用の修正指示なども展示されており、アニメーション制作のプロセスが鮮明に理解できることでしょう。
その経験を生かして、“世界観を丸ごと創る”ことに挑戦したオリジナルアニメ作品へと繋がり、さらには歴史漫画家へと転身し、総合芸術家ともいえる「描く人」であることを示します。
最後に

アニメでも、漫画でも、安彦作品には一貫して“人間の尊厳とは何か”というテーマがあり、キャラクターを“記号”ではなく“人格”として描き、線には必ず人物への敬意が込められています。
物語や歴史のうねりの中で、小さな個人はどう生きたのか。その問いが安彦をアニメから歴史漫画へと向かわせ、原画からは人物が「歴史の端で消えずに生きる姿」が丁寧に描写されているのがわかりました。
それらのなかでは、戦争・革命・権力が描かれており、安彦は決してこれらを単純な善悪ではなく、人物たちが常に葛藤し、迷い、選択しつづける心理の揺らぎこそ、安彦作品の核心であると感じられました。
単なるキャラクター原画展や漫画展ではなく、“描くとはどういうことか”を理解させ、懐古やファンサービスではなく、安彦氏の「線の進化」を見せる本展覧会に足を運んでみてはいかがでしょうか?
【情報】
『描く人、安彦良和』展
会期:2025年11月18日(火)~2026年2月1日(日)
前期:11月18日(火) ―12月21日(日)
後期:12月24日(水) ―2026年2月1日(日)
※会期中、展示替えあり
会場:渋谷区立松濤美術館
閉館:月曜日(1月12日は開館)、
12月23日(火)、12月29日(月)~1月3日(土)、1月13日(火)
時間:10:00 – 18:00(入場は17:30まで)
※金曜日は20:00まで(入場は19:30まで)
ホームページ:https://shoto-museum.jp/exhibitions/210yasuhiko/