
アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。
困難な状況下においても美術館・博物館ではさまざまな企画や対策をおこなっていることから、全てのアートシーンに対してこれからも変わらず応援していくべく、アイティーエルも継続して情報を発信していきたいと思います。
今回は、6月28日(土)から開催中の『横浜美術館リニューアル記念展 佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)』をご紹介します。
本展覧会について

サントリー「モルツ」、湖池屋「スコーン」「ポリンキー」「ドンタコス」、NEC「バザールでござーる」などのヒットCMを生み出し、慶應義塾大学 佐藤雅彦研究室の活動として、NHK教育テレビの幼児教育番組「ピタゴラスイッチ」を監修した人物である佐藤雅彦。
誰もが一度は目にしたことがあるTVコマーシャル、教育番組、ゲーム、書籍などのメディアを通じて発信される斬新かつ親しみやすいコンテンツにより、1990年代以降のメディアの世界を牽引し、有名作品を数多く世に送り出してきたことに誰もが驚くことでしょう。
佐藤の40年にわたる創作活動の軌跡をたどる世界初となるこの展覧会では、佐藤が表現者/教育者として世に送り出してきたコンテンツを一堂に紹介し、「作り方を作る」という思想に裏打ちされた独創的なコミュニケーションデザインの方法論を明らかにします。
会場について
1:「作り方を作る」ステートメント

展覧会の序章は、壁に貼られた佐藤氏自身のメモから始まります。「別のルールで物を作ろうと考えている。」――29歳当時に貼られたこの言葉は、40年以上たつ今も微かに日焼けしながらそこにあり、「作り方を作る」姿勢の源泉とされます。この“根本理念”こそが本展覧会の出発点であり、単なる作品紹介ではなく「思考の方法」を可視化するための装置になっています。
2:グラフィックデザインと広告時代

学生時代に表現教育を受けていなかった佐藤氏は、電通入社後に定規1本を手がかりにグラフィックの試行錯誤を重ね、1980年代に次々と斬新なCMを制作。たとえば湖池屋「スコーン」や「ポリンキー」、サントリー「モルツ」、NEC「バザールでござーる」、カローラIIのCMなど、流れる音楽やトーンこそがブランドイメージを形成し、人々に記憶される力になりました。佐藤氏は「音が映像を規定する」と確信しており、リズムとユーモアがブランドを支える“トーン”の概念として展覧会で提示されます。
3:ヒット作の実証:「だんご3兄弟」など
90年代後半、歌と映像が高い融合度を見せたCMの一例が「だんご3兄弟」(1999)です。展覧会では曲の制作背景やCMが社会現象になるまでのプロセスも紹介されています。CMは単なる宣伝ではなく、音・映像・リズムを組み合わせた「分かり方のデザイン」の例として位置づけられています。
4:教育とメディア横断の試み

2000年代以降、佐藤氏は慶應義塾大学環境情報学部教授として研究・教育活動も展開していきます。「ピタゴラスイッチ」「0655/2355」などNHK教育番組や、プレステーションソフト「I.Q」、「テトペッテンソン」(NHK「みんなのうた」)など、学びの仕組みと豊かな世界観を「作り方」に組み込んでいきます。特に、桐山孝司氏との共作による《計算の庭》は、数字カードを通じて身体的に計算を体験させるメディアアートで、感覚・認知・身体の繋がりを体験的に提示します。
5:体験展示と「分かり方」の探究

展覧会には体験可能な展示も豊富。例えば、《指紋の池》では自分の行為に反応する装置を通じて、「分かる」という状態を身体で体験できます。体験型展示は子どもだけでなく大人にも深い関与を促します。
6:バラエティに富む作品群の展示

グラフィックから教育番組、自作書籍『新しい分かり方』(発行:中央公論新社)、ゲーム、経済書籍まで、多様なアウトプットが会場に共存。鑑賞者は「懐かしい」「これも同じ人が?」という驚きと再発見を連続的に体験します。
最後に

通常の美術展では見えにくい「作るまでの思考過程」を、初期メモや試作、スケッチ、言語化された理論などを通じて可視化し、展示空間自体がコミュニケーションデザインとして設計されており、「見て」「触れて」「読み解く」体験が自然に連動する構成です。
『佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)』は、ヒット作品の数々を振り返るだけでなく、「どう伝え、どうわかってもらえるか」という問いに徹底的に応える場で、「自分がどうやって理解しているのか」を再認識させる楽しさと発見が世代を超えて共感を生みます。
佐藤氏の哲学は「作り方が新しければ、自ずとできたものは新しい」。これはクリエイティブや教育領域に限らず、ビジネス、科学、日常生活にも応用できる思考ツールです。展覧会を通じて「自分の分野でも新しい作り方を考えるヒント」を得られる場となっています。
展示全体が「作り方を作る」実践であり、鑑賞者はその方法論を自ら解読する知的体験に誘われます。クリエイティブに関心のある人はもちろん、思考の設計や教育に関わる人、そして単に学び方や伝え方に興味がある人にも、新鮮な視点を提供してくれるはずです。
情報
横浜美術館リニューアルオープン記念展
佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)
会期:2025年6月28日(土)~11月3日(月祝)
会場:横浜美術館(横浜市西区みなとみらい3-4-1)
開館時間:10:00–18:00(入館は閉館の30分前)
休館:木曜
ホームページ:https://yokohama.art.museum/exhibition/202506_satomasahiko/