
アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7 月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。
今回は、三菱一号館美術館にて開催中の『アール・デコとモード 京都服飾文化研究財団(KCI)コレクション を中心に』をご紹介します。
本展覧会について

1920年代を中心に世界を席巻した装飾様式「アール・デコ」。生活デザイン全般におよんだその様式は、 「モード」すなわち流行の服飾にも現れました。
ポワレやランバン、シャネルなどパリ屈指のメゾンが生み出すドレスには、アール・デコ特有の幾何学的 で直線的なデザインや細やかな装飾が散りばめられています。それは古い慣習から解放され、活動的で自 由な女性たちが好む新しく現代的なスタイルでした。
2025年は、パリで開催され、「モード」が中心的な主題のひとつであった装飾芸術の博覧会、通称アー ル・デコ博覧会から100年目の節目を迎えます。
本展覧会は、この記念の年に、世界的な服飾コレクションを誇る京都服飾文化研究財団(KCI)が収集してき たアール・デコ期の服飾作品と資料類約200点に、国内外の美術館・博物館や個人所蔵の絵画、版画、工芸 品などを加え合計約310点により、現代にも影響を与え続ける100年前の「モード」を紐解きます。
見どころ “動く装飾”としてのアール・デコ・モード

本展覧会の最大の魅力は、アール・デコという芸術運動が単なる装飾様式ではなく、「動く装飾=モー ド」として生きていた時代の空気を体感できるところにあると思います。
会場では、金糸の刺繍をまとう軽やかに揺れるドレスなど、1920年代の都市女性たちの優雅なスタイルが 展示され、まるで“歩くこと”そのものが表現だった時代へと導かれます。
見どころ1 シルエットの革新 ― 直線の美と身体の自由

最初の見どころはアール・デコ期を象徴するシルエットの変化です。 それまで女性を締め付けてきたコルセットが解体され、身体を覆うドレスは縦へ、そしてまっすぐへと伸 びていきます。シャネルやパトゥの作品に見るドロップド・ウエストのドレスは、まるで身体が“リズムを 刻む線”になったような軽さを生み出しています。 袖を省き、腰骨の位置で切り替える構成は、ダンスやスポーツの動きを妨げず、都市のスピード感と呼応 し、その直線の中には、現代ファッションの原型ともいえる“実用性の美”が息づいています。
見どころ2 幾何学の装飾 ― 光と線が織りなす都会の詩

次に目を引くのが、アール・デコ独特の幾何学的な装飾です。 扇形・稲妻・放射線・段形(ステップド・パターン)など、建築やポスターでも見られるモチーフがドレ スの裾や肩、襟元に刺繍として施されています。 金糸やスパンコール、ガラスビーズが織りなす煌めきは、当時のパリの夜景を思わせ、照明を落とした展 示空間でその反射が揺れると、服がまるで呼吸をしているかのようでした。 直線と曲線の組み合わせが生み出すリズムは、機械美と身体の調和を象徴し、アール・デコの核心にある 「幾何学的エレガンス」を肌で感じさせます。
見どころ3 素材と技術の進化 ― “軽やかさ”の発明

3つ目の見どころは、素材の実験性です。 レーヨンやラメ糸など新素材の登場によって、衣服は軽量化し、同時に量産が可能となりました。 一見、繊細なビーズ刺繍も、当時の産業技術の恩恵を受けて作られた“現代的工業製品”でもありました。 実際に展示で作品を近くで見ると、刺繍の密度が異なる部分で光の反射が変化し、まるで絵画の筆致のよ うに“素材がデザインを描いている”ことに気づくことでしょう。 服飾史を専門的に知らずともその表面に宿る時代のエネルギーを直感的に読み取ることができます。
見どころ4 メゾンの個性 ― 女性像の多様化とモードの自由

展示の後半では、4人の有名デザイナーの個性が鮮やかに並びます。
ポワレはコルセットから解放した立役者で、芸術家とのコラボレーターとしても紹介されており、シャネルは黒やベージュなどのエレガンスな色合いで都市生活に溶け込む機能美をに体現しています。ランバンは柔らかなドレープと手仕事の刺繍により女性らしさを再定義し、ヴィオネは画期的なバイアスカットで女性を魅了しました。
この並置が見事なのは、4人の異なる理念がすべて“女性の解放”という一点でつながり、洋服は装飾である と同時に、社会的メッセージを放つメディアだったのです。
アール・デコのドレスを前にすると、女性たちが自らの生き方を選び取るようになった“始まりの時代”を実感することでしょう。
見どころ5 光と都市 ― 夜会服が語るモダンの夢

クライマックスとなる終章では、思わずどこかで見たかも?と思ってしまう現代に通じるアール・デコのスタイルが一堂に会します。そのスタイルは、廃れることなく、100年前とは思えないほど、その普遍性に驚くことでしょう。
女性の身体が解放され、“より自由に輝きの存在”へと変わる瞬間が再現されています。 人が時代を照らす―そんなアール・デコ的世界観の連鎖が、静かな空間の中で息づいています。
最後に

本展覧会は単に1920年代の華やかな服飾史を振り返る展示ではなく、「服が時代を語る」ということを改 めて実感させてくれる空間でした。ビーズや金糸で施された幾何学模様のドレスから、アール・デコが 「装飾美」だけでなく、「機械文明のリズム」をまとった時代の精神であることが理解できました。
展示室に飾られているコルセットから解放された女性たちの自由な姿が、さまざまなスタイルを通して来場者の目の前に現れます。軽く、直線的で、動きを妨げないフォルム、それは単なる流行ではなく、女性 の生き方そのものの変化を象徴しているように感じられることでしょう。
服が単なる“物”ではなく、文化・産業・テクノロジー・社会構造と密接に関わる“記録”であること。そし て、一点一点の服に時代の呼吸が宿り、アール・デコという言葉が、単なるスタイルを超え、「生きる姿 勢」「未来への希望」のように感じられました。
【情報】
アール・デコとモード 京都服飾文化研究財団(KCI)コレクションを中心に 会期:2025年10月11日(土)〜2026年1月25日(日)
会場:三菱一号館美術館
開館時間:10:00〜18:00/金曜・第2水曜・会期最終週平日は〜20:00(1/2除く)
休館:月曜(祝日・振替休日を除く)、12/31・1/1
トークフリーデーの10/27,11/24,12/29と会期最終週の1/19は開館
ホームページ:https://mimt.jp/ex/artdeco2025/