【国立西洋美術館】『オルセー美術館所蔵 印象派 室内をめぐる物語』展

アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。
今回は、国立西洋美術館にてオルセー美術館に所蔵されている印象派作品をテーマに紡がれる『オルセー美術館所蔵 印象派 室内をめぐる物語』展をご紹介します。

本展覧会について

「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展示風景、国立西洋美術館、2025年


本展覧会では、印象派の画家たちが室内空間に向けた関心をたどるべく、「印象派の殿堂」とも呼ばれるオルセー美術館所蔵の傑作およそ70点を中心に、国内外の重要作品を加えた約100点の絵画・素描・装飾美術品を展示します。
今回は、エドガー・ドガの才気みなぎる代表作《家族の肖像(ベレッリ家)》が初来日を果たすだけでなく、エドゥアール・マネ、クロード・モネ、ポール・セザンヌ、カミーユ・ピサロ、ベルト・モリゾらの室内を描いた名作も一堂に会します。
会場では、室内というテーマを通して、室内空間の構造、光の入り方、人物の関係、視線・動機という観点を中心に印象派のもうひとつの魅力を堪能できることでしょう。

室内をめぐる物語をテーマにしている理由

「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展示風景、国立西洋美術館、2025年

印象派といえば、移ろう光や大気をとらえた風景画がまず思い浮かぶのではないでしょうか。
印象派の画家たちが最初のグループ展が開催されたのは、都市化・産業化・社会構造の変化が急速に進み、近代都市へと急速に変貌しつつあった、1874年のパリでした。
画家たちはもはやただ歴史画や宗教画を描くのではなく、現代生活の情景をテーマとするなかで、画家たちは都市での暮らしにおいて重要性を増してきた、日常の瞬間・移ろう光・都市や室内の空間という私的室内を舞台とする作品も多く手がけました。特に「室内」という場は、家庭やプライベート、都市のなかの日常風景、人間関係の縮図として機能しました。そしてその「室内」をめぐる視点こそ、印象派の画家たちが開拓した新たな光や時間、観察者の視線を映し出す重要なテーマの一つです。
会場では、オルセー美術館所蔵の印象派コレクションから、家のなか、都市内部の風景、室内=閉じられた空間という文脈から、印象派画家たちがどのように描き、どのように物語を紡いだかを探っていきます。

第1章|室内の肖像

会場風景 エドガー・ドガ《家族の肖像(ベレッリ家)》1858-1869年 油彩/カンヴァス オルセー美術館、パリ


19世紀のフランスでは、サロン(国が開く美術展)や美術市場で「肖像画」がとても人気でした。印象派の画家たちにとって、肖像画は大切な表現のひとつでした。彼らは、ただ顔を描くのではなく、その人がどんな性格で、どんな社会的立場にいるのかを、日常の生活の中で描こうとしたのです。
例えば、アトリエ(画家の仕事場)や作家の部屋を舞台にした作品では、部屋に置かれた道具や本などから、友人関係や芸術に対する考え方が伝わってきます。一方で、もっと公式な肖像画では、流行の服や高級な家具を細かく描くことで、その人の「よい趣味」や「社会的な地位」を表しました。
また、家族を描いた作品では、家族のあたたかい絆だけでなく、見えない心の動きまでも感じ取ることができます。特に、子どもを中心に描く構図には、「子どもを大切にする近代的な家族の考え方」が表れています。
このように、印象派の肖像画は、ただ人の姿を描くだけでなく、人々の暮らしや時代の空気をも伝えています。風俗画(人々の生活の様子を描いた絵)と重なりながら、同じ時代を生きる人々を身近な空間の中で描いたこれらの作品は、「現代性(モダニテ)」という印象派が目指した新しい芸術のテーマと深くつながっているのです。

第2章|日常の情景

「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展示風景、国立西洋美術館、2025年

印象派の画家たちは、自分たちの身近な生活をテーマにしました。家族や友人と一緒に音楽を楽しむ場面、本を読む時間、針仕事をしているひとときなど、家庭の中でのくつろいだ様子をよく描いています。
そこには、画家たちの人間関係や外の世界から守られた室内ならではのあたたかい空気が感じられます。また、音楽の響きや静かな時間を色や形で表そうとする工夫も見られます。
こうした家庭の中のやすらぎを描く中心となったのは女性たちでした。当時は、外で活動するのが男性の役割とされ、家の中は女性の世界と考えられていたからです。さらに、もっと奥まった部屋では身支度をする女性やベッドでくつろぐ姿なども描かれました。
印象派の画家たちは昔の神話や歴史の物語を取り去り、身近な室内にいるありのままの人間の姿を描こうとしました。時には古くからのヌード表現に学びながらも、理想化せず生きた体の美しさや存在感を追求し、新しい時代の裸婦像の表現に挑戦したのです。

第3章|室内の外光と自然

「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展示風景、国立西洋美術館、2025年

印象派の画家たちは外に出て自然を観察し、変わりゆく光や空気の色を熱心に研究しました。自然や光への興味は、彼らが作中でも室内に外の風景や、上手に光を取り入れていることと関係しています。室内と外の景色がつながっているように描かれることもありました。
画家たちは、部屋の側にあるテラスやバルコニー、そしてガラス張りの温室など、「室内」と「屋外」のあいだにある場所をよく描きました。19世紀の都市では温室が人気で裕福な家庭に作られ、室内の一部のように飾られ、技術の進歩が生んだ新しいタイプのインテリアと言えます。
また、昔から部屋を彩ってきたのは花を描いた静物画でした。その作品は人気があり、画家たちは生計を立てるためにもこのジャンルに取り組みました。当時、ヨーロッパで流行した日本の美術(ジャポニスム)も、自然を大切にする考え方から多くの影響を受けました。
その結果、印象派の画家たちは自然を題材にした新しい装飾的な美の世界を作り出していったのです。

第4章|印象派の装飾

クロード・モネ《睡蓮》1916年 油彩/カンヴァス 国立西洋美術館(松方コレクション)

印象派の画家たちは、自然の風景をそのまま外で描くだけでなく、室内に取り入れることで新しい芸術を生み出しました。その代表的な例が、パリのオランジェリー美術館にあるクロード・モネの《睡蓮》の大作です。丸い部屋の四方を囲むように描かれたこの作品は、まるで水の上に包まれるような静かな空間をつくり出しています。
19世紀の後半には、絵画や彫刻などの「高い芸術」と、家具や壁の装飾などの「装飾芸術」のあいだの区別が曖昧になっていきました。画家たちは、人々が暮らす部屋を美しくするための壁画や装飾品を作ることにも関心を持つようになります。印象派の画家たちも同じで、生活の場を彩るための絵やオブジェ(飾り)を手がけました。
モネが後の時代に取り組んだ《睡蓮》のシリーズはその集大成と言えます。彼は自分の庭の池をモチーフにし、水面に映る光や空を描いた大きな作品で、鑑賞者が自然の中に入り込むような体験を生み出しました。自然と室内のあいだの境界はなくなり、印象派が追い求めてきた「室内をめぐる物語」は、ここでひとつの頂点を迎えたのです。

最後に

フレデリック・バジール《バジールのアトリエ(ラ・コンダミンヌ通り)》1870年 油彩/カンヴァス オルセー美術館、パリ

会場では、オルセー美術館所蔵の印象派作品を題材に「室内をめぐる物語」という視点から、都市・家庭・視線・光・時間・という観点までの作品を展示しています。室内という一見静かな場が、画家たちにとっては変革期の近代を映す鏡となり、また絵画を観る私たちにとっては“物語を想像する場”となっていることが理解できるかと思います。
特に印象派が追求した光・色・瞬間の描写は、室内の場においてむしろその意味を豊かにし、家具・窓・バルコニー・視線といった要素を通じて、人間の営み・都市の変化・時間の流れを可視化しました。私たちが作品の前に立つとき、そこには“ひとつの部屋”があり、その部屋の人や光、時間に私たち自身も巻き込まれるかのような体験が起こります。
オルセー美術館の印象派コレクションがこの規模で来日するのはおよそ10年ぶりとなる本展覧会に足を運んでみてはいかがでしょうか。

情報

オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語
会期:2025年10月25日[土]ー2026年2月15日[日]
会場:国立西洋美術館 企画展示室
時間:9:30~17:30(金・土曜日は~20:00)
   ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、11月25日[火]、12月28日[日]-2026年1月1日[木・祝]、1月13日[火]
    (ただし、11月24日[月・休]、1月12日[月・祝]、2月9日[月]は開館)
ホームページ:https://www.orsay2025.jp