【特別インタビュー】児島虎次郎の志を未来へつなぐ―児島虎次郎記念館・開館の舞台裏


インタビュアー:アイティーエル株式会社
ゲスト:吉川あゆみ 様(公益財団法人大原芸術財団 財団本部付特命上席研究員)

「ふたつのミッション」――建物と人物、その継承のかたち

—— まずは、児島虎次郎記念館のご開館、誠におめでとうございます。早速ですが、開館に込められた想いからお聞かせいただけますか?

ありがとうございます。今回の施設には、大きく二つのミッションがあります。
ひとつは、建物や街並みが持つ歴史や役割を、形を変えながらもきちんと継承し、新たな価値を生み出していくこと。
そしてもうひとつは、私たち大原美術館の原点ともいえる人物、児島虎次郎に改めてスポットを当てることです。
虎次郎は、47歳という若さで亡くなりましたが、芸術に対して強い情熱を持ち、数々の作品を国内外で収集しました。それらの作品を広く公開することで、彼の功績を現代に伝えたいという願いがあります。


銀行建築から芸術の殿堂へ――再生に挑む日々

—— 元は銀行だった建物を、文化施設として再生されたとのこと。その道のりは平坦ではなかったと思います。

おっしゃる通りです。
銀行建築をリノベーションした美術館の事例は幾つかあります。
しかし美術館としての環境水準を満たすには、非常に多くの工夫と調整が必要でした。
しかも、この建物は「重要伝統的建造物群保存地区」に所在しており、外観や街並みとの調和が厳しく求められます。私たちが建物を譲り受けてから、児島虎次郎記念館として公開するまでの間に、建物自体が重要文化財に指定され、その保全義務も大きな課題でした。


倉敷という文脈の中で――スケール感を活かす設計


倉敷の街並みは、あえて「小ささ」を美徳とするようなスケール感が特徴です。

町家や蔵が並び、歴史と生活が共存するこのエリアで、ただ大きな建物を構えるのではなく、「倉敷らしさ」を損なわない設計が求められました。
元の銀行建築にL字型で細く増築を行い、展示機能や収蔵庫、搬入口、エレベーターといった現代の美術館に必要な設備を導入しました。厳しい制約の中でギリギリまで創意工夫を重ね、何とか形にすることができました。

展示と保存、ふたつの視点を両立するために

—— 現在の展示の構成や運用の方向性についても教えてください。

現在公開しているのは所蔵作品の一部で、これから定期的に展示替えを行う予定です。施設内には収蔵庫を備えており、今後公開予定の作品は基本的に館内で保管・管理する方針です。
展示室自体は大きくはありませんが、その分、一点一点との距離感が近く、濃密な体験を提供できる空間になるよう心がけています。
光と色彩のせめぎ合い――

光と色彩のせめぎ合い――ライティングの試行錯誤

—— 空間演出として、照明や色使いにも強いこだわりを感じました。

ありがとうございます。
特に光の扱いについては、常に試行錯誤を重ねています。たとえば自然光の取り扱い、紫外線や可視光のカット、遮光処理などは非常にシビアです。
また、2階の赤い壁は来館者からもよくご感想をいただきます。これは虎次郎の晩年の作品の色彩と非常に相性が良く、彼の芸術の力強さや深さを感じていただくには最適な背景になっています。
とはいえ、赤は照明の加減で見え方が大きく変わりますので、スポット光の角度や色温度には特に気を遣っています。

街に溶け込む美術館、夜の倉敷の表情

夜間も、この建物は街の風景の一部として静かに存在しています。外壁にはライトアップではなく「光が漏れているように見える」工夫が施されており、ステンドグラス越しの光がほのかに外へと広がるよう設計されています。
石井幹子さんの事務所の協力のもと、倉敷の夜の街並みと調和する控えめな景観照明を実現しています。


最後に:児島虎次郎のまなざしとともに

この場所は、ただ作品を並べるだけの美術館ではありません。
児島虎次郎という一人の芸術家が歩んだ道、彼が収集した「遠い時代の、遠い国からの芸術」と、この地・倉敷が出会った偶然と必然。その「ロマン」を、空間全体で感じ取っていただければ幸いです。
とくに若い世代――中高生などにも、ぜひ足を運んでいただきたいと思っています。
明るく開かれた空間で、芸術をより身近に感じていただけたらうれしいですね。

編集後記

「古き良き」だけでは語れない、今ここにある「未来へ向けた文化の種まき」。
児島虎次郎記念館は、児島虎次郎の遺志とともに、倉敷という街の文化を育み続けていました。