
会場エントランス 写真提供:パナソニック汐留美術館 写真撮影:Yukie Mikawa
アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。
今回は、パナソニック汐留美術館にて開催中の近現代の陶芸をテーマとした「ピクチャレスク陶芸 — アートを楽しむやきもの ―「民藝」から現代まで」をご紹介します。
展覧会について

本展覧会では、近代陶芸から現代アートまでの陶芸表現において「絵画的表現」に焦点を当てています。
民藝運動の作家たちによる素朴で温かな器から、現代美術家の実験的な造形まで、異分野・異文化との接触のなかで展開してきた陶芸に、「絵画」と「陶芸」が交差する瞬間を多面的にみせています。
会場は「絵画と交差する陶芸」「陶に描くこと」「色彩のめざめ」「マチエールのちから」「かたちの模索」「うつわの表象」「モチーフを探す」「往還する平面と立体」「焼成と形象」の9章で構成。
出展作家は1960年代〜80年代生まれの国内外のアーティスト約50名による約120作品が展示されます。
ピクチャレスク(picturesque)とは?

「ピクチャレスク(picturesque)」は、18世紀イギリスの庭園論や風景画理論で生まれた美学概念で、「絵のように美しい」だけでなく、不均整や偶然性を含む生き生きとした美を指します。
西洋美術史では、整然とした古典主義の美とは異なり、自然な起伏や不完全さの中に美を見出す視点として広まりました。
本展では、この概念を陶芸に適用し、釉薬の流れや筆致の偶然性、形の歪みや素材の肌理までもが、“絵画的”要素として捉えられており、器の内外に広がる色彩と構図を「絵画のように楽しむ」ためのキーワードとして展示に一貫性を与えています。
展覧会の見どころ

本展覧会の最大の魅力は、陶芸という立体的な造形に「絵画的な視覚体験」を重ね合わせる点です。
会場は九つのテーマに沿って構成され、民藝の流れをくむ近代陶芸から現代アートまでを、時代順や技法順ではなく、表現の性質ごとに見せることで、陶芸と絵画の境界が徐々に曖昧になっていく様子を体感できます。
序章の「絵画と交差する陶芸」では、バーナード・リーチや富本憲吉、河井寬次郎らが登場。器の曲面をキャンバスに見立て、草花や動物を描き込むその試みは、東西の美意識が混ざり合う交差点のようです。日本の筆墨法の流麗さと、西洋構図の明快さが一つの器に共存する光景は、陶芸を「描く場」として意識させます。

続く章の「陶に描くこと」では、北大路魯山人や濱田庄司らによる絵付けの世界が広がります。魯山人の奔放な筆遣いは器の形に合わせて自然に流れています。一方で、富本の緻密な花文は精緻な構図と色彩計画によって静謐な美を放ちます。この対比は、同じ「陶に描く」という行為が、作家の思想や美意識によって異なる成果を生むかを示しています。
「色彩のめざめ」では、河井寬次郎の《三色打薬貼文扁壺》をはじめ、釉薬による色彩の実験が鮮烈に展開。炎の中で変化し続ける色は、画家のパレットとは異なり、制御不能な偶然性を孕みます。これらの作品は、色彩が単なる装飾ではなく、形そのものを決定づける存在であることを証明しています。
さらに「マチエールのちから」では、北大路魯山人、加守田章二、内田鋼一らが登場し、土の割れ、釉薬の盛り、ざらつきや光沢といった質感が、視覚と触覚を同時に刺激します。近くで覗き込むと、その表面は抽象画のようでもあり、風化した岩肌のようでもあり、物質としての土と炎の記憶を宿しているかのようです。

「かたちの模索」以降は、イサム・ノグチやルーチョ・フォンタナといった彫刻や現代美術の文脈を持つ作家たちが、陶芸の形態そのものを実験します。器である必然性を超えて、抽象的で自由な形が生まれ、陶芸が彫刻と並ぶ造形表現であることを強く印象づけます。
ルーシー・リーやアクセル・サルトらによる「うつわの表象」、松田百合子やグレイソン・ペリーによる「モチーフを探す」、上出惠悟らの「往還する平面と立体」、鯉江良二や桑田卓郎による「焼成と形象が続きます。最後の章では、炎と窯変による偶然が作品の主題そのものとなり、陶芸の制作過程がそのまま作品の物語となって観る者の前に現れます。
こうして九つのテーマを巡ることで、鑑賞者は陶芸の中に潜む「描く」行為と「形づくる」行為の相互作用を、時代や地域を越えて体験することができるのです。

最後に

個人的には、河井寬次郎の色彩と加守田章二のマチエールが対照的で印象に残りました。前者は光と色彩の揺らぎで視覚を満たし、後者は土の割れや釉薬の肌理で触覚の記憶を呼び起こし、これは“見る”陶芸から“感じる”陶芸への変換であり、近代以降の工芸を再定義する動きと言えるでしょう。また、海外作家の作品が加わることで、日本陶芸特有の「用の美」や素材感が、国際的な文脈でどう読まれるかも見えてきます。
「絵画的な表現」という切り口を軸に、近代から現代までの陶芸を紹介する本展覧会は、陶芸を単なる生活工芸としてではなく、素材と絵画性が交わる現代美術の一形態として捉え直す好機となっています。
器の縁から底、表面の一筆一筆に宿る「風景」を辿ることで、土と炎が描いた“もう一つの絵画史”を体験しながら、時代や地域を超えた作家たちの多様なアプローチを一度に見渡すことができことでしょう。
情報
「ピクチャレスク陶芸 — アートを楽しむやきもの ―「民藝」から現代まで」
会期:2025年7月12日(土)〜9月15日(月・祝)
会場:パナソニック汐留美術館
時間:10:00~18:00、8月29日(金)、9月12日(金)、13日(土)は20:00まで(入館は閉館30分前まで)
休館:水曜日(ただし9月10日は開館)、
ホームページ:https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/25/250712/
※土日祝は日時指定予約お願いします。(平日は予約不要)