
アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。
今回は、奈良・正倉院の宝物をテーマにした上野の森美術館にて開催中の「正倉院 THE SHOW -感じる。いま、ここにある奇跡-」をご紹介します。
本展覧会について

本展覧会は、宮内庁正倉院事務所の全面監修のもと、最新技術(3Dデジタルデータ、映像、照明、音響など)および、宝物の「再現模造」を組み合わせて、正倉院とその宝物を新たな視点で体験できます。
重要なポイントとしては、正倉院の宝物実物は展示されていませんが、再現模造やレプリカ、高精細映像などを通じて、正倉院宝物の美を全身で楽しめる体験型展覧会ということです。
正倉院という存在が持つ、時間の厚み、歴史的価値、秘められた物語性、それらを教養として眺めるだけでなく、感じさせる演出が会場を包み、「正倉院の物語を感じる旅」へと出かけることができます。
見どころ①|デジタル映像・没入型空間演出

この展覧会最大の目玉のひとつが、宝物を360度スキャンして得られた高精細3Dデータに演出を施し、それを巨大スクリーンで投影するデジタル技術を駆使した映像空間です。
宮内庁正倉院事務所とTOPPAN株式会社による3Dデジタルデータでは、肉眼では捉えにくい宝物の細部や質感を詳細に映し出し、宝物の文様から繋がっていくストーリー演出はまさに圧巻!
この演出では、光・素材の質感、金属や貝殻の輝き、宝物の微細な表面の凹凸、拡大された装飾や細かい表面の起伏など、時間の経過を感じさせる色の変化などが映像で浮かび、まるで実物が物質としてそこにあるかのような錯覚を覚えながら、巨大な宝物の細部を“感じる”ことができることでしょう。
見どころ②|再現模造と技術の挑戦

正倉院の宝物を現代の名工らが再現した「再現模造」もお見逃しなく!
- 螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)再現模造
正倉院宝物の中でも特に有名な品の一つで、螺鈿細工(べっこう・貝殻細工)を施した木製の琵琶。オリジナルは大変貴重で、展示機会も限られています。ここでは、本物と同じ材料・技術を用いた、「再現模造」が展示されており、その細部の表現力(螺鈿の微妙な光沢、木目、金属装飾の痕跡など)に見入ってしまうでしょう。 - 螺鈿箱(らでんのはこ)再現模造
「紺玉帯(ラピスラズリで飾った帯)」を収めていた箱。再現模造から、当時の宝物が高度な技術を駆使して、精緻に作られていたことがよくわかります。 - その他の木工品・装飾品
瑠璃坏(るりのつき)のレプリカ、刀や革帯などの再現模造が展示されていました。これらは近くで観察できる展示形式が取られており、来場者は手に触ることはできませんが、光の反射や拡大鏡的視点で見ることができる展示空間になっていました。
来場者は「模造だから価値が劣る」という先入観から離れ、再現模造とオリジナルの関係性、そして伝承性・技術継承の意義について、改めて思いを巡らせることができるでしょう。
見どころ③|蘭奢待(らんじゃたい/蘭奢待の香りの再現)

正倉院の宝物の中でも、最も伝説的で幻的な存在として知られる「蘭奢待(らんじゃたい)」は、天下第一の名香(香木)とされており、歴代の為政者たちがその一部を切り取ったという伝承を持っています。
本展覧会では、香料会社・高砂香料工業の協力により、調香師が成分分析や香りの聞香を行い、脱落した小片の香木を加熱したり、採香したり、香料を調合したりして、香りを現代に再現したとのこと。
会場では、実際に香りを感じられるスペースが設けられ、『香りとは時間と記憶のメディアである』という語りが添えられているとおり、香りを通じて正倉院の時空を一層感じられるようでした。
私がその香りを嗅いだ瞬間、淡い甘さと沈香に近い深みを感じ、過剰ではないが静かな存在感を持った香りであり、「かつてあった香り」をイメージさせる余白を持たせたような調香になっていました。
最後に

奈良・東大寺の北側にある倉庫である正倉院は、9000件もの宝物を1300年近く地上で守り伝えた”奇跡の宝庫”です。 それは、「偶然に残った宝物」ではなく「守り、残してきた宝物」であり、時代を超え、人の心と手を通じて紡がれてきました。
会場では、正倉院が過去の美術・文化遺産であるだけでなく、未来へ伝え、紡ぐ価値があり、正倉院の技術や保存性を次世代へつなぐ研究や、宝物のデジタルアーカイブを実施、伝統工芸技術継承の取り組みを紹介しています。
「愛 美 紡ぐ」をテーマに宝物の背景にあるさまざまな正倉院1300年の“物語”へとでかけてみてはいかがでしょうか。
【情報】
「正倉院 THE SHOW -感じる。いま、ここにある奇跡-」
会期:2025年9月20日(土)~11月9日(日)*会期中無休。
会場:上野の森美術館
時間:10:00~17:00(最終入場は閉館30分前)
ホームページ:https://shosoin-the-show.jp/tokyo/