【東京都庭園美術館】「永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル — ハイジュエリーが語るアール・デコ」

展示風景 東京都庭園美術館 本館 大客室

アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。

今回は、東京都庭園美術館にて開催中の「永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル — ハイジュエリーが語るアール・デコ」をご紹介します。

本展覧会について

展示風景 東京都庭園美術館 本館 妃殿下居間

ハイジュエリーの『ヴァン クリーフ&アーペル』は、1895年にアルフレッド・ヴァン クリーフとエステル・アーペルの結婚をきっかけに創立されました。

1906年、パリのヴァンドーム広場22番地に最初のブティックを構えて以来、詩情あふれるデザインと革新的な技巧で高い評価を得ています。

本展覧会は、1925年に開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会(通称 アール・デコ博覧会)」から100周年を迎えることを記念した展覧会です。ヴァン クリーフ&アーペルはアール・デコ博覧会の宝飾部門において複数の作品を出品し、グランプリを受賞しました。

アール・デコは1910年代から装飾芸術や建築の分野で起こっていた芸術潮流であり、その精華を受け継ぐ旧朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)が、本展の舞台となっています。

本展覧会では、ジュエリーメゾンのヴァン クリーフ&アーペル(Van Cleef & Arpels)の作品とその技法、そしてアール・デコという美的潮流の関係について空間を含めて体感できます。

会場では、歴史的価値が認められた作品からなるヴァン クリーフ&アーペルの「パトリモニー コレクション」と、個人蔵の作品から厳選されたジュエリー、時計、工芸品を約250点、さらにメゾンのアーカイブから約60点の資料を展示中です。

東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)について

左:バンスラン 《ブレスレット》 1924年、右:マレ・フレール 《指輪》 1910年頃 ともに東京都庭園美術館蔵

東京都庭園美術館は1933年に朝香宮邸として建てられた建物をそのまま美術館として公開したものです。

施主である朝香宮夫妻は1922年から約3年間に渡りパリに滞在し、1925年のアール・デコ博覧会を訪れています。

帰国後、自邸を建設するにあたり主要な部屋の設計を博覧会の主要パヴィリオンの室内装飾を手掛けた装飾美術家のアンリ・ラパンに依頼し、装飾にはガラス工芸家のルネ・ラリックをはじめとしたアーティストを多数起用するなど、アール・デコの精華を積極的に取り入れました。

そして、現在も竣工時の建築意匠がほぼ完全な形で残っており、当時のアール・デコの時代空間そのものを体感できる希少な建築として、都心の閑静な環境にある本館は1910年代から30年代にかけてフランスを中心にヨーロッパを席巻したアール・デコ様式を現代に伝えています。

見どころについて

本展覧会では、4章に分けて展示されており、時間軸とテーマ軸を重ねつつ、鑑賞者を誘導する構成となっており、主な見どころと動線について紹介していきます。

Chapter1:アール・デコの萌芽

展示風景より、《絡み合う花々、赤と白のローズ ブレスレット》 1924年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

最初の章では、ヴァン クリーフ&アーペルがアール・デコの思想と出会ってゆく過程、そして初期作品に見られる実験や挑戦、モチーフ選択の多様さが紹介されていました。

例えば、初期のラペルウォッチや小型のジュエリーなど、日常的な実用性とデザイン性の狭間を模索していた作品が展示さており、それらを通してメゾンが装飾美術の潮流に触発されつつも、自律的な美の言語を形成していく過程を感じさせてくれます。

この章では、本展のメインビジュアルにも採用されている、アール・デコ博覧会に出品された代表作 《絡み合う花々、赤と白のローズ ブレスレット》(1924年)が登場します。バラのモチーフをプラチナ、エメラルド、ルビー、オニキス、イエローダイヤモンド、ダイヤモンドで構成した幅広いブレスレットで、当時の技術と意匠表現の最先端を体現できます。

Chapter2:独自のスタイルへの発展

展示風景より、左:《ネックレス》 1929年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション、右:ネックレスのデザイン画 1929年 ヴァン クリーフ&アーペル アーカイブス

第2章では、単なる平面的な装飾からより立体感を帯びたジュエリー表現への展開が主題となり、ヴァン クリーフ&アーペルは、フォルムのひねりや構造の重層化、石の配置のズレや反転、陰影を意識した彫金技法などを取り入れていきます。

この章で印象に残ったのはプラチナ+ダイヤモンドを基調としたホワイトジュエリーの作品群です。ダイヤモンドとプラチナの微妙なコントラスト、光の反射・屈折を意識した面構成、蝶番や可動パーツを用いた可動性、美しいラインを崩さぬような接合技術など、細部にわたる技巧が観察できました。

また、1920年代以降メゾンが追い求めた立体感のある新たな造形的展開とともに、幾何学的モチーフと自然モチーフのミクスチャーも目立っており、アール・デコ的世界観とジュエリー表現の接点を示すものだと感じることができるでしょう。

Chapter3:モダニズムと機能性

展示風景 東京都庭園美術館 本館 殿下居間

第3章では、ジュエリーの役割や用途といった観点に踏み込んだ展示があり、ファッションアクセサリーとしての可変性、日常使いとフォーマル使いの間で、装身具と装飾芸術の接点など、実用性を追求した視点が提示されていました。

例えば、変形可能なネックレス、取り外し可能なブローチ、隠し構造を持つ時計やクリップ、実用小物との融合(ヴァニティケース、バッグ装飾品、アッシュトレイ、常夜灯など)といった作品がご覧になれます。こうした装飾と用途という視点は、ジュエリーを単なる美のオブジェとして見るだけでなく、モノとして使われる現場性を想起させます。

第3章の展示を通して、ジュエリーを“身につけるもの”“使うもの”という日常との関係性を改めて意識させられました。

Chapter4:サヴォアフェールが紡ぐ庭

展示風景より、ミステリーセット技法の模型など

新館の最後の章では、ヴァン クリーフ&アーペルの「サヴォアフェール(匠の技)」に焦点を当て、素材・技術・設計図・試作片などアーカイブ資料も含めて公開しています。

ここで興味深かったのは、単なる展示品ではなく、製作過程を可視化する要素が取り入れられている点でした。例えば、エナメル技法、ミステリーセッティング、宝石彫刻、変形構造、金細工技術、設計スケッチ、顧客向け見本などが並んでおり、ジュエリー制作の「裏側」を垣間見せる展示になっていました。

また、新館展示は比較的照度が落ちた落ち着いた空間で、ガラスケースが低めに設計されていたため、より接近して細部まで観察でき、作品への没入感が高いと感じました。

最後に

展示風景 東京都庭園美術館 本館 妃殿下居間

会場に足を踏み入れた瞬間、アール・デコ建築の静謐な空気が流れ、ガラスケースの中で光る宝石たちが、まるで時代の記憶を封じ込めた結晶のように佇んでいました。ひとつ、ひとつが、20世紀初頭のパリから現代まで、100年の美意識を鑑賞者に超えて語りかけ、“輝き”が単なる装飾ではなく、時代や時間そのものの記憶と記録であるということを教えてくれました。

旧朝香宮邸という建築そのものが“展示空間の一部”として、重厚な扉、曲線の手すり、幾何学模様の床、光を反射する壁面が、ヴァン クリーフ&アーペルの作品に宿る造形感覚と共鳴していました。ジュエリーというミクロの芸術と、建築というマクロの芸術。そのスケールの異なる2つが、互いに光を投げ合うような時間を体験できることは、この展覧会の魅力でしょう。

【情報】

会期:2025年9月27日(土)〜2026年1月18日(日)
会場:東京都庭園美術館
開館時間:10:00–18:00(入館は~17:30相当の枠で時間指定)
     ※11月21日(金)、22日(土)、28日(金)、29日(土)、12月5日(金)、6日(土)は夜間開館のため20:00まで(入館はいずれも閉館の30分前まで)
休館日:月曜(祝日の場合は開館し翌日休)、年末年始(12月28日~1月4日)
料金:一般1,400円/大学生・専門学校生1,120円/高校生・65歳以上700円。
日時指定予約制、混雑緩和のため事前のオンライン購入推奨。
展覧会特設サイト:https://art.nikkei.com/timeless-art-deco/