
アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。
今回は、国立新美術館にて開催中の日本のアートシーンを彩った革新的な表現に光をあてる展覧会「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」をご紹介します。
本展覧会について

本展覧会は、昭和が終わり平成がはじまった1989年から2010年までの約20年間に、日本で誕生し育まれた美術表現の多様性と革新性に光を当てています。この時期は冷戦終結後のグローバル化が進み、国際的な対話が大きく促進された転換期でした。会場では国内外の50名を超えるアーティストを紹介し、日本発の表現を多角的に検証する構成となっています。さらに注目すべき点として、「日本現代美術」ではなく、あえて「日本で生まれた美術表現」と題しており、日本にインスピレーションを受けて制作された海外作家の作品も含めているところに、国際的かつ包摂的な視点が読み取れます。
また、国立新美術館とアジアを代表する香港のM+との初の協働キュレーションによる企画であり、国内外の双方向的視点で捉えながら「ナショナリティ」という枠を超え、複数の歴史と文脈が共存する多元的な美術表現を提示します。
本展覧会の見どころ

本展は、80年代初頭以降の国際化の胎動を伝える「プロローグ」に始まり、続く「イントロダクション」では、日本社会が大きな転機を迎えるなか1989年を転換点として登場した、新しい批評性を持つ表現を紹介します。
そして、以降の時代をテーマに基づく章=3つのレンズを通して見つめていきます。国内外のアーティストによる実験的挑戦は、時代、社会の動向をとりこむプリズムとなって、さまざまな問いかけを含んだ作品へと反射されていきました。
1章「過去という亡霊」では戦争、被爆のトラウマ、戦後問題に向き合い続ける探求を、2章「自己と他者と」では自他のまなざしの交換のなかでアイデンティティやジェンダー、文化的ヒエラルキーを問う実践を、3章「コミュニティの持つ未来」では、既存のコミュニティとの関わりや新たな関係性の構築に可能性を探るプロジェクトを紹介していきます。
プロローグ:80年代に芽吹く「国際化の土壌」

バブル景気と政治・経済の安定を背景に、美術館の開館ラッシュ、オルタナティヴ・スペースの隆盛、アーティスト・イン・レジデンスや芸術祭の活況が、90年代以降の実践の基盤を整えたことを押さえます。
ここで会場は「日本で作品が生まれるための交通網(人・モノ・情報)」を可視化し、続く章で鑑賞者が参照できる“地図”を渡していると読めます。
イントロダクション:1989年=《新たな批評性》

昭和の終わり/平成の始まり=1989年を新しい批評性を持つ表現が登場した転換点と規定し、日常素材、ポピュラーカルチャー、等身大の生き方の反映といったキーワードで、90年代以降の表現の“肌触り”を提示します。
森村泰昌《肖像(双子)》(1989)、椿昇《エステティック・ポリューション》(1990)など、視覚的なインパクトと同時に同時代批評を触発した作例が章の性格を端的に示します。
レンズ1「過去という亡霊」:記憶の再読—戦後から“現在”へ

戦争・核・植民地支配の記憶に向き合い続けることを現在の視点から読み直します。歴史資料の提示ではなく、いまの感覚で過去を照射する作品の「読み替え」を促し、“単一の歴史”をほぐして、地域差・世代差・当事者性のグラデーションを露出させています。
高嶺格《God Bless America》、山城知佳子の〈オキナワTOURIST〉、会田誠の《美しい旗(戦争画RETURNS)》、照屋勇賢の紅型作品など、記憶の位相(国家/地域/身体/ジェンダー)をずらし合う布陣で、単線的な“戦後像”を解体させています。
レンズ2「自己と他者と」:アイデンティティの交換装置

ジェンダー、ナショナリティ、文化的ヒエラルキーを再解釈し、“日本文化”を固定的に扱わず、それを媒介にまなざしの交換が生じる場を作します。フェミニズム的視点の歴史的背景(90年代以降の展覧会群)も「11のキーワード」で補助線として提示され、作品鑑賞と制度史が相互参照できる導線が引かれています。
やなぎみわ、束芋、ダムタイプ、リクリット・ティラヴァニャ、イ・ブル、大岩オスカール…と、日本の内外を横断しつつ、身体/言語/メディアの差異が交錯する構成。
レンズ3「コミュニティの持つ未来」:関係のデザインとプロジェクト思考

既存コミュニティとの協働によって、新たな関係性を構築していくプロジェクトなど、90年代以降の芸術祭やレジデンスの拡充を背景に、プロジェクト型実践が社会に接続していく過程を提示しています。西京人(Xijing Men)、小沢剛〈ベジタブル・ウェポン〉、ナウィン・ラワンチャイクンの作品、志賀理江子の写真など、共作/参加/地域性を鍵にした作品が並びます。
最後に

平成のはじまった日本、冷戦体制の終わった世界、本展が焦点を当てている約20年間は、グローバル化が本格的に進展した時期であり、そうした社会構造の変化を反映する新たな表現が生まれたことが、さまざまな作品を通して理解できました。
日本を起点に核や戦後の問題と向き合う作品、他者との関係を通じアイデンティティを問う試み、コミュニティのなかで新たな関係性を構築するプロジェクトなど、鑑賞者は一つの物語ではなく、複数の視点を横断的に体験することで、日本のアートシーンを彩った革新的な表現など、日本で生まれた美術表現を多層的に読み直す貴重な機会となるでしょう。
情報
「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989–2010」展
会期:2025年9月3日(水)〜12月8日(月)
会場:国立新美術館(東京・六本木)
開催日:平日:10:00〜18:00
毎週金・土曜日は〜20:00まで
※入場は閉館の30分前まで
休館日:毎週火曜日、9月23日は開館のため、9月24日(水)は休館。
主催:国立新美術館、M+(香港)、独立行政法人日本芸術文化振興会、文化庁
ホームページ:https://www.nact.jp/exhibition_special/2025/JCAW/