
アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。
今回は、アーティゾン美術館にて開催中の「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子 漂着」をご紹介します。
本展覧会について

「ジャム・セッション」は、石橋財団コレクションと現代のアーティストとの共演により、美術の新たな可能性を探るシリーズです。これは単なるコレクション作品の展示ではなく、現代作家を巻き込みつつコレクションを「再演/再解釈」し、新しい見方や思考の契機を探る場です。
第6回目となる今回登場するのは、沖縄を拠点とするビデオ・インスタレーション作家 山城知佳子、東北に拠点を持ち、写真とインスタレーションを中心に記憶と土地を巡る作風を持つ 志賀理江子の2名です。

この2名は、地理的にも歴史的にも異なる「周縁性」を抱えつつ、記憶、土地、災害、移動、断絶・重層性といったテーマを制作の軸に位置づけてきた作家です。近年、社会構造の変化や災害を背景に、地域や文化のあいだに潜む断絶や、共有されていた記憶の風化が顕在化しています。
特に日本では、戦争や震災の記憶が薄れ、中心と周縁のあいだに見えにくい分断が広がりつつあり、そうした現代の状況を踏まえ、「中心と周縁」「土地と記憶」というテーマをあらためて見つめ直します。
展覧会タイトル「漂着」について

展覧会タイトル「漂着」には、「偶然に漂着すること」と「必然性をもって流れ着くこと」、あるいは「外部からの流入」と「内部からの応答」といった二重性が込められているとされます。これは、記憶や歴史、他者との関係性を問い直すという本展の主題を端的に示します。
本展覧会は、「中心と周縁」「土地と記憶」というテーマを改めて問う構造を持っています。沖縄、パラオ、東京、東北沿岸など、地理的・歴史的に複雑な背景をもつ場所を素材とする両作家の視線は、ひとつの「日本中心主義的歴史観」を問い直す営みとしても機能します。
「漂着」という言葉は、単なる流浪を指すものではなく、流れ着いたものがそこで何かを応答させる、あるいはそこに留まるという可能性も含んでいるように感じられます。記憶が漂着する場を形成し、また観者が漂着者になるような感覚を与え、展示そのものが漂流・漂着・応答の空間であるとも言えるでしょう。
山城知佳子

山城は、沖縄、パラオ、東京大空襲の記憶を映像で結び、語りや歌、祈りを交錯させて歴史の複層性を、それぞれに異なる時間軸や語りが重ねられ、6面の映像インスタレーションとして編み上げます。
これらは、バラック(即席のテント小屋)を舞台に、人々が集い、知識を共有し、やがて去っていくという構成の中で展開され、個々の記憶が、土地や時代を超えて共鳴しあう空間が立ち上がります。
彼女のこの作品にかつて出会ったときに感じた色彩や筆致、あるいは複雑な重層性との「響き合い」を現在制作と結びつけており、展示もこの作品を出発点に据える構成になっています。
志賀理江子

志賀理江子《なぬもかぬも》2025年、「山城知佳子×志賀理江子 漂着」展示風景、アーティゾン美術館 © Lieko Shiga. Photo: kugeyasuhide
志賀は写真表現を土台とした物語を通して、東北、三陸世界における海から丘(陸)への物流の変化を「人間の作る道=人間社会のやり方」として捉えます。
タイトルである「なぬもかぬも」は、東北沿岸部の方言で「何でもかんでも」を意味するとされ、状況や話し手により意味が揺らぎうる柔軟な語彙として選ばれました。
東日本大震災以後の復興開発でもゆらぎ続ける人間精神や社会、コミュニティの内実を、宮城県北部であらゆる意味に自在に使われる言葉である「なぬもかぬも」を起点に、進歩史観やエネルギー信仰をあらゆる角度から批評的に捉えつつ、独自の物語によって紡ぎ出します。
会場では、高さ4.2メートル・全長200メートルを超える巨大 写真絵巻を空間全体に展開し、鑑賞者の身体感覚を巻き込む没入的な体験を生み出します。
写真絵巻には、鯨の内臓、タコ、漁師、軍事演習で奪われた土地、カエル、海と陸の交錯、自然と人工物の重なりなど、現実性と幻想性が交錯したイメージが展開され、そこには、過去と現在、土地と身体、記憶と痕跡というテーマが折り重なっています。
最後に

両作家ともに、これまでの取材を深化させつつ、新たな展開を見せる意欲作であり、スケールの大きなインスタレーションによる強い視覚と聴覚体験により、深い思索を促す表現の力が大きな見どころです。
山城と志賀の表現は、記憶や歴史に身体的に向き合う実践であり、作品そのものが行為として訴えかける力を持っています。それは見る者の認識を揺さぶり、既存の物語や視点を問い直す契機となるでしょう。
時間・記憶・場所・身体という軸を揺らしながらも、鑑賞者を「漂着」の体験へと導くひとつの装置のような展覧会でした。
美術館・コレクション空間が過去と現在を再配置し、来場者を物語断片の旅に誘うこのような試みは、現代美術をめぐる鑑賞・思考・記憶の関係性を刷新する可能性を秘めています。
【情報】
ジャム・セッション石橋財団コレクション × 山城知佳子 × 志賀理江子「漂着」
会期:2025年10月11日(土)〜 2026年1月12日(月・祝)
会場:アーティゾン美術館(東京都中央区京橋1-7-2)展示室6階/5階
開館時間:10:00〜18:00(毎週金曜日は20:00まで)※入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日(ただし 11/24、1/12 は開館)および 10/14、11/4、11/25、12/28〜1/3 など
ホームページ:https://www.artizon.museum/exhibition_sp/js_yamashiro_shiga/?utm_source=chatgpt.com
同時開催:石橋財団コレクション選
特集コーナー展示 安井曾太郎