【栃木県立美術館】「没後40年 ピンホールの魔術師 山中信夫☆回顧展(リマスター)」

34歳の若さで急逝した伝説のアーティストの回顧展

新型コロナウイルス感染症の変異株により、日々増加傾向にある感染者数に伴いまして、美術館、博物館、ギャラリーなどの文化施設に、気軽に訪れられない日々が続いています。

現在、新しい生活様式のもと検温や消毒など徹底した感染症対策を行いながら、運営に努める施設関係者の思いに応えられるように、一人でも多くの方が美術館を訪れるきっかけとなるべ く、展覧会の模様を伝える【ミュージアム・レポート】をスタートしました。

そのような経緯から栃木県立美術館にて開催中の「没後40年 ピンホールの魔術師 山中信夫☆回顧展(リマスター)」をご紹介します。

栃木県立美術館は、1972(昭和47)年に日本における公立の近現代美術館の先駆けとして開館しました。

栃木県立美術館が所有しているコレクションは、栃木県を中心とする国内の近現代美術をはじめ、フランス、イギリス、ドイツ等西欧の近現代美術作品を中心に、版画、挿絵本、写真、工芸などの多様なジャンルを含めた9000点近くの作品数を誇ります。

また2008年(平成8年)に新たに設置されたマイセン磁器展示室では、18世紀から20世紀までの日本有数のコレクション約100点を紹介しています。

そんな栃木県立美術館では、美術という枠組みそのものについて再考し、斬新な活動をつづけたにもかかわらず、34歳の若さで急逝した伝説のアーティスト山中信夫の展覧会「没後40年 ピンホールの魔術師 山中信夫☆回顧展(リマスター)」が開催されています。

本展では、山中信夫の約150点の現存する代表作のみならず、貴重なアーカイブ資料を援用しながら、コンセプチュアルな映像とまばゆいピンホール写真による光の遊戯性を再確認するとともに、戦後の視覚芸術に重要な足跡を残した現代美術のレジェンドの一貫した活動の展開を辿ります。

美術という枠組みそのものについて再考し、斬新な活動をつづけた山中信夫(やまなか・のぶお)は、1971年に《川を写したフィルムを川に映す》という衝撃的な35mmフィルム映像作品で鮮烈なデビューを飾りながらも、1982年に34歳の若さで急逝した伝説のアーティスト。

美術評論家の東野芳明、針生一郎、早見堯、それぞれのコミッションによって、第11回東京国際版画ビエンナーレ(1979年)、第15回サンパウロ・ビエンナーレ(1979年)、第12回パリ・ビエンナーレ(1982年)に現地制作のサイト・スペシフィックな大作で参加するなど国際的にも高い評価を得ながらも、その活動期間は12年に満たないものでした。

会場では、話題を呼んだデビュー作を経て写真装置の原点であるピンホール(針穴)に、撮影しながら同時に映写する映像装置という革命的な解釈を施して展開された一連の作品群とともに、寡黙にピンホールルームの制作に取り組む山中氏の様子を捉えた写真などがご覧になれます。

20世紀初頭、後に現代アートの父と称されるマルセル・デュシャンが登場し、目ではなく心に訴えかける思考を生み出すアートが提唱されました。

その後、70年代はパフォーマンスやダンス、映像、写真などの新しい表現媒体への芸術動向があり、次第に絵画や彫刻といった表現媒体へと回帰していった他作家が多いなか、一般人にも馴染み深い映像や写真といった表現媒体を選択した山中氏。

その作品は絵画が残した問題を解決するメディアとしての映像と写真の相乗を超え、鑑賞者に従来のアートの歴史について考え直す機会を与えるとともに、一貫して“見ること”自体を問いかけ、過去から現在における時間の蓄積を表現し、光学的厳密さにおいて対峙する哲学的境地へと到達したものです。

スマートフォンの普及やSNS投稿などで写真を撮ることが当たり前になっている今、私たちは写し取られた対象物の情報を当たり前のものとして受け取り、思考を巡らせて考える余地をなくして画像支配や画像依存に陥っています。

山中氏の作品はそんなアンチテーゼの側面も含んでおり、私たちに改めて目と心で対象物を捉えらなければならないこと、そして“見ること”自体を問いかけつづけなければならないことを訴えかけています。

ピンホールカメラのシャッターを開いて閉じるという行為は人の一生に例えられます。像を認識できるようになる赤子から瞳を閉じて死を遂げるまでの間、しっかりと物事を目と心で捉えなければならないということを本展覧会から学ばせてもらいました。

取材・撮影・文:新麻記子

【情報】
「没後40年 ピンホールの魔術師 山中信夫☆回顧展(リマスター)」
会期:2022年7月16日(土)〜9月4日(日) 
会場:栃木県立美術館
    宇都宮市桜4-2-7
観覧料金:一般 800円、大高生 500円、中学生以下無料
休館日:月曜日 *8月15日(月)は開館
開館時間:09:30〜17:00 (入館は16時30分まで)
公式サイト:http://www.art.pref.tochigi.lg.jp/