【国立新美術館】「遠距離現在 Universal / Remote」

「遠距離現在 Universal / Remote」国立新美術館 2024年 展示風景_ジョルジュ・ガゴ・ガゴシチェ、ヒト・シュタイエル、ミロス・トラキロヴィチ《ミッション完了:ベランシージ》2019年

アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。

困難な状況下においても美術館・博物館ではさまざまな企画や対策をおこなっていることから、全てのアートシーンに対してこれからも変わらず応援していくべく、アイティーエルも継続して情報を発信していきたいと思います。

今回は、国立新美術館にて5年ぶりとなる現代美術のグループ展「遠距離現在 Universal / Remote」をご紹介します。

「遠距離現在 Universal / Remote」について

「遠距離現在 Universal / Remote」国立新美術館 2024年 展示風景_ティナ・エングホフ《心当たりのある親族へ》シリーズ

20世紀後半以降、人、資本、情報の移動は世界規模に広がりました。2010年代から本格化したスマートデバイスの普及とともに、オーバーツーリズム、生産コストと環境負担の途上国への転嫁、情報格差など、グローバルな移動に伴う問題を抱えたまま、私たちは2020年代を迎えました。

そして、2020年に始まった国境なきパンデミックにより、人の移動が不意に停止されたものの、資本と情報の移動が止まる気配はありませんでした。かえって、資本や情報の本当の姿が見えてくるようになったと思えます。豊かさと貧しさ。強さと弱さ。私たちの世界のいびつな姿はますます露骨になりました。

本展は、「Pan-の規模で拡大し続ける社会」と「リモート化する個人」の2つを軸に、このような社会的条件が形成されてきた今世紀の在り方に取り組む、アジア、欧米、北欧など国際的に活躍している8名と1組のアーティストたちの作品を紹介しています。

タイトルに込められた思いとは?

本展は、日に日に忘却の彼方へ遠ざかる 、3年間のパンデミックの時期を、現代美術を通して振り返り、資本と情報が世界規模で移動する今世紀の状況を踏まえたものです。

タイトルである「遠距離現在 Universal / Remote」は、常に遠くあり続ける現在を忘れないための造語。本来は万能リモコンを意味する「Universal Remote」の間に「/ (スラッシュ)」を入れて分断を表現することで、その「万能性」にくさびを打ち、ユニバーサル(世界)とリモート(遠隔、非対面)を露呈させています。

コロナ禍を経て私たちが認識した「遠さ」の感覚、また、今尚遠くにそれぞれが生きていることを認識するのは重要なのではないかという思いが、この題名に込められています。

展示構成

「Pan-」の規模で拡大し続ける社会

「遠距離現在 Universal / Remote」国立新美術館 2024年 展示風景_徐冰《とんぼの眼》2017 年

感染を防ぎ、人流を抑制するための国家権力の強化と監視システムの容認という問題は、それなりの成果を上げながらも、同時にポストコロナ社会の大きな課題として残りました。人々はかつて経験しなかったほどに、国家の力と国民の自由のバランス感覚を試されているとも言えます。しかし資本と情報の移動は、それと関係なく加速を続け、人々を煽り続けるでしょう。

近年のデジタル通貨導入の動きや、ブロックチェーンを基盤とするNFT(非代替性トークン)経済の過熱もまた、遠隔でも社会が機能し、拡大し続けるための仕組みでもあります。このような資本と情報の問題意識に着眼した作品として、井田大介、徐冰、トレヴァー・パグレン、ヒト・シュタイエル(ジョルジ・ガゴ・ガゴシツェ、ミロス・トラキロヴィチとの共同制作)、地主麻衣子をとりあげます。

「リモート」化する個人

「遠距離現在 Universal / Remote」国立新美術館 2024年 展示風景_エヴァン・ロス《あなたが生まれてから》2023 年

コロナ禍の間もこのグローバル社会は世界規模で拡大を続けます。しかし不思議なことに、逆説的に、個人のリモート化は進行してしまいます。オンラインで個人と個人が結びつき、家を出ずして国境をまたぐことは、もはや当たり前のことになっています。コロナ禍がリモート化を加速させましたが、今後一層、ますます地理的な距離感は消滅していくでしょう。縁もない、実際に見ることも訪れることもない世界へ向けて黙々と労働する姿は、どこか孤独で、底抜けの寂しさを感じさせます。

それは、人間の心に大きな影響を与えるのではないでしょうか。「非接触」を前提に「遠隔化」される個人の働き方と居住についてティナ・エングホフ、チャ・ジェミン、エヴァン・ロス、木浦奈津子の作品を通して考えます。地主麻衣子の作品はこの2つのテーマを横断するものでもあります。

最後に…

「遠距離現在 Universal / Remote」国立新美術館 2024年 展示風景_木浦奈津子 作品群

本展は、世界的な緊急事態であった新型コロナウイルス感染症というパンデミックが始まった2020年からの約「3年間」が、私たちにとってどのような時期だったのか、社会はいかにして今の姿に至ったのか、そして私たちの向かうべき未来を指し示してくれています。

全世界規模の「Pan- の規模で拡大し続ける社会」と非対面の遠隔操作「リモート化する個人」の2つの軸は、対立概念ではなくそれぞれがお互いを映し出す合わせ鏡のような存在です。その2つの視点から、グローバル資本主義や社会のデジタル化といった現代美術における従来のテーマを新たに捉え直します。

過剰な監視システムや精密なテクノロジーのもたらす滑稽さ、その中で生きる人間の深い孤独を感じさせる作品群を、ポストコロナ時代の世界と真摯に向き合いながら、「3年間」を経験した「現在」を生きる私たちだからこそ、その作品に込められたメッセージを読み解けることでしょう。

取材・撮影・文:新麻記子

【情報】
遠距離現在 Universal / Remote
会期:2024年3月6日〜6月3日
会場:国立新美術館 企画展示室1E
住所:東京都港区六本木7-22-2
電話番号:050-5541-8600
開館時間:10:00〜18:00(金土〜20:00)
休館日:火(4月30日は開館)
料金:一般 1500円 / 大学生 1000円
ホームページ:​​https://www.nact.jp/exhibition_special/2024/universalremote/index.html