2020年、猛威を振るった新型コロナウイルス感染症により、美術館、博物館、ギャラリーなどの文化施設に、なかなか訪れられない日々が続きました。
しかし、新しい生活様式のもと事前予約をはじめ、検温や消毒など徹底した感染症対策を行い、運営に努める施設関係者の思いに応えられるように、一人でも多くの方が美術館を訪れるきっかけとなるべく、展覧会の模様を伝える【ミュージアム・レポート】をスタートしました。
そのような経緯から渋谷ヒカリエ9F・ヒカリエホールにて開催される「ソール・ライターの原点 ニューヨークの色」をご紹介したいと思います。
「カラー写真のパイオニア」と称されるニューヨークの伝説の写真家であるソール・ライター。
2017年と2020年に2回にわたってBunkamura ザ・ミュージアムで行われ、大きな反響を呼び起こしたことでも記憶に新しいソール・ライター展。
この夏、過去に開催されたBunkamuraの休館に伴い、展覧会「ソール・ライターの原点 ニューヨークの色」が、渋谷ヒカリエ9F・ヒカリエホールにて開催されます。
ソール・ライターとは?
1946年、神学校中退し、画家を志して、ニューヨークへと向ったソール・ライターは、この地で意欲的な若い芸術家たちとの交流し、写真の表現メディアとしての可能性に目覚め、絵筆とともにカメラで自分の世界を追求していくようになります。
1958年、ヘンリー・ウルフがアートディレクターに就任した『ハーパーズ・バザー』誌でカメラマンとして仕事をはじめ、80年代にかけて数多くの雑誌で唯一無二のセンス溢れるファッション写真を撮影しました。
50代でキャリアの表舞台から姿を消し、富にも名声にも一切の関心を示さず、淡々と自らの美意識に忠実に生きていたソール・ライター。
2006年 、世界中の写真ファンを魅了し続けるドイツのシュタイデル社から刊行された初の写真集『Early Color』によって、80代になってから再び脚光を浴びることになります。
2013年、享年89歳でソール・ライターがこの世を去り、翌年に創設されたソール・ライター財団によって、未整理だった作品をアーカイブし、データベース化するプロジェクトが着手されました。
未整理の作品は数万点にものぼり、業績の全貌が明らかになるには、数年の歳月が必要とも言われており、没後にも関わらずソール・ライターは常に新たな発見が続く“発展途上” の作家と言われています。
400点以上ものソール・ライターによる作品が楽しめる本展
本展では、新たに発掘された作品による大規模なカラースライド・ プロジェクション、未公開のモノクロ写真、絵画など、最新作品群を含む400点以上の作品をさまざまな形態で展示します。
これまで紹介していなかった知られざるソール・ライターの素顔とともに、「カラー写真のパイオニア」 と称され世界中を驚かせ続ける色彩感覚の源泉に迫っていきます。
戦後、現代美術が大きく花開いたニューヨークを背景に、写真技術の発展とともに歩んだ創作の軌跡を辿るような会場構成で、生誕100年を迎えてもなお色褪せることなく、新たな発見により世界を驚かせつづけるソール・ライターの軌跡に辿ります。
見どころ①|1950〜1960年代頃、黄金期のニューヨークを写し撮った 未公開スナップ写真
本展がフォーカスするのは、当初画家を志していたソール・ライターが写真に取り組み始めた1950年〜1960年代です。
この頃に撮影されたモノクロによる未発表のスナップ写真は、絶妙な構図と黒と白で織りなされる美しいプリント表現(大部分のプリントはソール・ライター自身によるもの)によって、詩情あふれる日常の物語を想起させます。
画家であったソール・ライターだからこそ、写真というメディアでしかなしえることのできない、スナップ写真の特性を理解していたことでしょう。構図や被写体などカラー写真との共通点も認められ、すでに独自の世界観が形成されていることが確認できます。
また、世界中の大都市が戦争の傷跡に苦しむなか、戦災を被ることのなかったニューヨークは、急激に商業と芸術の中心地として発展を遂げました。ソール・ライターの作品からは、そんな独特の活気あふれる黄金期のニューヨークの空気感も味わえることでしょう。
見どころ②|ソール・ライターによる後の巨匠と称されるアーティストたちのポートレート
当時、芸術の新たな中心地として若きアーティストたちが集まったニューヨーク。
そこで出会った友人のアーティストやリチャード・プセット・ダートなどから本格的に写真術を学んだソール・ライターは、身近なアーティストたちのポートレートを数多く残しています。
ソール・ライターが撮った写真には、アンディ・ウォーホルをはじめ、作曲家のジョン・ケージ、ジャズピアニストのセロニアス・モンクなど、後の巨匠と称されるアーティストたちが並びます。
当時のアートシーンの息吹を感じさせてくれると同時に、これらの写真から若きソール・ライターが野心あふれる芸術家たちの輪の中に身を置き、自らの表現を追求していったことを物語っています。
特に私が注目したのはアンディ・ウォーホル!この頃は、商業美術に目覚めてイラストレーターとして活躍していた頃で、ポップアートを生み出す前のアンディ・ウォーホルの貴重な素顔がご覧になれます。
見どころ③|唯一無二のセンスあふれる 『ハーパーズ・バザー』でのファッション写真を一挙公開
会場には、1958年〜1960年代にかけて同誌に掲載されたソール・ライターによる写真が一堂に会します。
1958年、ヘンリー・ウルフがアートディレクターに就任した『ハーパーズ・バザー』誌でカメラマンとして仕事をはじめたソール・ライター。
当時は商業的な用途で使われることが多かったカラー写真ですが、『ハーパーズ・バザー』誌のカメラマンとしてファッション写真を任され、「カラー写真は、宣伝広告やいわゆる深刻ではないもの用である」という当時の偏見を微塵も持つことなく、「仕事」においても自らの美意識を存分に発揮していきました。
会場では、当時の貴重な雑誌を展示しており、対象のモデルやアイテムへの構図、その月毎のテーマ性を汲み取ることで、ソール・ライターのセンス溢れる創造性に触れることがでることでしょう。
見どころ④| ソール・ライターの色彩の世界を体験できる カラースライド・プロジェクション
会場ではソール・ライター自身が作品鑑賞のフォーマットとして使用したカラースライドや、10面の大型スクリーンを駆使した大規模プロジェクションで、2020年以降に発見された作品を含むカラー写真の数々も紹介されます。
一つ目は、ソール・ライター自身が自宅でカラー写真を映写していた壁面サイズでの代表作『Early Color』の作品群の投影です。類まれなカラー写真で 再び脚光を浴びることになったソール・ライターの名作を振り返ることができます。
二つ目は、本展の見どころとなるヒカリエホールの大空間を利用した10面の大型スクリーンによる大規模プロジェクションです。2020年以降に発見されたカラースライドを含む最新の作品群約250点を投影する迫力の展示で、その作品世界に没入しながらソール・ライターの卓越した色彩感覚を再発見できます。
見どころ⑤|日々の暮らしに触れる、カラーの源流や終の棲家
ソール・ライターは「画家の眼を持つ写真家」として、写真家として成功したのちも、生涯絵筆を折ることはなく、世間から隠遁後も日記を綴るように絵を描き続けました。
縦横無尽に色と一体化しながら、遊ぶように描かれた絵画作品は、ソール・ライターが唯一無二のカラー写真の世界を創り上げることが出来た秘密を解き明かす鍵となります。
会場では、彼が描き続けた絵画作品と合わせて、並ぶように写真作品も展示されており、独特の構図や共通の色彩など作品同士が共鳴しているかのように感じられることでしょう。
ソール・ライターが60年間住み続けたニューヨークのイースト・ヴィレッジのアパートは、 現在ではソール・ライター財団の事務所として使用されています。会場には、膨大な作品と資料 が現在も息づくアトリエの一部が再現されています。
最後に…
前回よりもスケールアップして開催される展覧会「ソール・ライターの原点 ニューヨークの色」。
今となっては当たり前となったカラー写真ですが、ソール・ライターの手にかかれば、身近な生活の切り取り方でさえ、芸術的な表現に驚かされるばかり。
知られざるソール・ライターの素顔とともに、世界中を驚かせ続ける色彩感覚の源泉から、カラー写真の魅力に改めて気付かされるのはもちろん、色に溢れた世界の美しさを再確認できることでしょう。
ぜひ、この夏は「カラー写真のパイオニア」と称されるニューヨークの伝説の写真家である、ソール・ライターの作品世界を楽しんでみてはいかがでしょうか。
取材・撮影・文:新麻記子
【情報】
ソール・ライターの原点 ニューヨークの色
会期:2023年7月8日(土)〜8月23日(水)
会場:ヒカリエホール ホールA(渋谷ヒカリエ9F)
住所:東京都渋谷区渋谷2-21-1
時間:11:00〜20:00(最終入場は 19:30 まで)
休館日:なし
ホームページ:https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/23_saulleiter/