アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。
困難な状況下においても美術館・博物館ではさまざまな企画や対策をおこなっていることから、全てのアートシーンに対してこれからも変わらず応援していくべく、アイティーエルも継続して情報を発信していきたいと思います。
今回は、東京都美術館にて開催中の20世紀を代表する巨匠の一人であるジョルジョ・デ・キリコの10年ぶりの大規模な回顧展「デ・キリコ展」をご紹介します。
ジョルジョ・デ・キリコとは?
ジョルジョ・デ・キリコ(1888年〜1978年)は、日常とは一線を画した神秘的で不条理な世界を描き出した作品で知られている、イタリアの画家・彫刻家です。しかし、その知名度と絵のユニークさにかかわらず、美術史上の位置づけは難しいとされています。
イタリア人の両親のもと、ギリシャのヴォロスで誕生。父の死後、母、弟とともにミュンヘンに移り、そこでフリードリヒ・ニーチェの哲学や、アルノルト・ベックリン、マックス・クリンガーらの作品に触れ、大きな影響を受けます。
1910年頃から描き始めた「形而上絵画」(幻想的な風景や静物によって非日常的な世界を表現する絵画)は、後のダリやマグリットなどのシュルレアリスムムーブメントに大きなインパクトを与えるだけででなく、時代を超えて数多くの芸術家や国際的な芸術運動に大きな影響を与え続けました。
弟や最愛の妻といった自身の芸術の理解者が身近にいたことから、世間の評価に左右されることなく、90歳で亡くなるまで己の才能を信じて精力的に創作を続け、絵画や彫刻、挿絵、舞台美術など幅広く、数多くの作品を残しています。
本展覧会について
本展では、デ・キリコのおよそ70年にわたる画業を「イタリア広場」「形而上的室内」「マヌカン」などのテーマに分け、初期から晩年までの作品を余すところなく紹介し、キリコの全体像に迫っています。
会場では、初期から描き続けた自画像や肖像画から、 画家の名声を高めた「形而上絵画」、西洋絵画の伝統に回帰した作品、そして晩年の「新形而上絵画」まで、世界各地から集まった100点以上の作品を展示。
また、キリコは絵画のみに留まらず、彼が手掛けた彫刻や挿絵、さらには舞台衣装のデザインなど多岐にわたり、その幅広い創作活動の全貌をご覧になることができます。
初期から描き続けた自画像や肖像画
最初のセクションでは、キリコがその画業の初期から取り組んできた肖像画や自画像を紹介しています。
さまざまな派手な衣装をまとい、自己演出している自画像では、スペイン絵画の黄金時代であった17世紀を代表する巨匠であるベラスケスなど、過去の巨匠たちの作品を参考にしながら、その絵画技法やタッチを真似て描かれており、最も重要なテーマのひとつなのだと感じられます。
シュルレアリズムに影響を与えた「形而上絵画」
キリコは、1910年頃から20代の10年間、ニーチェの著作物やギリシアやイタリアへの郷愁、そして幻覚的な啓示から神秘的で不条理な世界を描きはじめました。
簡潔明瞭な構成で広場や室内を描きながらも、古代と現代のモティーフの共存、それらの何の脈絡もない配置、幻想的な光と影のコントラスト、誇張された不自然な遠近法により、日常の奥に潜む非日常、神秘や謎を表現しながらも、不安や空虚さ、憂愁といった感覚を生じさせます。
ニーチェの哲学に影響を受けて「形而上絵画」と名付けた作品群は、後のシュルレアリスムの画家をはじめ、数多くの芸術家に衝撃を与えました。
マヌカン
キリコ絵画に登場するマヌカン(マネキン)は、古典絵画において重要なモティーフであった人物像を、他のモティーフと同様に物として扱うことを可能としました。
マヌカンは、謎めいたミューズたち、予言者や占い師、哲学者、はたまた自画像など、さまざまな役割を演じており、作品の鑑賞者に「どんな表情をしているんだろう?」と想像力を与えますね。
絵画伝統への回帰:ネオバロック時代へ
キリコは1920年ごろから、西洋絵画の伝統へと回帰していきます。
ラファエロ、デューラー、ティツィアーノといったルネサンス期の作品に、次いで1940年代にルーベンスやベラスケスなどバロック期の作品に傾倒し、過去の偉大な巨匠たちの傑作から、その表現や主題、技法を研究し、その成果に基づいた作品を描くようになりました。
どうして?と思われてしまうかもしれませんが、初期から肖像画を描き続けたキリコにとっては、改めて祖に帰り、自身を見つめ直して表現に向き合うことが必要だったのかもしれませんね。
会場では、妻のイザベッラ・ファーをモデルにした裸婦像や、バロック絵画特有の猛々しい馬などの作品が並びます。
新形而上絵画
そして、キリコは1978年に亡くなるまでの10年余りの歳月に改めて「形而上絵画」に取り組みます。
若い頃に描いた広場やマヌカン、そして挿絵の仕事で描いた太陽と月、神話といった要素を画面上で総合し、過去の作品を再解釈しながら描いた作品は、単純な様式と鮮明な色彩で超現実主義的な作風です。
「形而上絵画」とは異なるように自分が納得できるまで新たな真作を描いているように感じました。
最後に
日本では10年ぶりの大規模な回顧展となる本展覧会では、独創性の源泉に触れながら、誰とも違う作品を表現できた、彼の変遷と回帰の足跡を辿ることができました。
過去作の再制作や引用は「贋作」として非難されましたが、ポップアートの旗手アンディ・ウォーホルは、複製や反復という概念を創作に取り入れたデ・キリコを、ポップアートの先駆けとして高く評価するなど、時代を超えて数多くの芸術家や国際的な芸術運動に大きな影響を与えつづけました。
ぜひ不思議な世界が体験できる作品を鑑賞しに足を運んでみてはいかがでしょうか?
取材・撮影・文:新麻記子
【情報】
デ・キリコ展
会期:4月27日(土)~8月29日(木)
会場:東京都美術館
時間:9:30~17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
休館日:月曜日、5月7日(火)、7月9日(火)~16日(火)
※ただし、4月29日(月・祝)、5月6日(月・休)、7月8日(月)、8月12日(月・休)は開室
公式ホームページ:https://dechirico.exhibit.jp/