【WHAT MUSEUM】「諏訪敦|きみはうつくしい」

「諏訪敦|きみはうつくしい」展示風景

アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。今回は、東京・天王洲のWHAT MUSEUMにて開催中の約3年ぶりとなる画家・諏訪敦による大規模個展「諏訪敦|きみはうつくしい」をご紹介します。

本展覧会について

「諏訪敦|きみはうつくしい」展示風景

「諏訪敦|きみはうつくしい」は、諏訪敦にとって約3年ぶりの大規模個展であり、新作を含む約80点もの作品を通して、彼の制作の変遷を俯瞰的に見せようとする試みです。
会場では、初公開作品が約30点含まれ、過去作と最新作との対比を通じながら、作者の思索と創造を「記録」し、画業の「いま」を可視化しようという構成が特徴的です。
さらにこの展覧会では、絵画と文芸のコラボレーション要素も組み込まれており、諏訪のアトリエや制作風景から印象を受けて書き下ろされた、小説家・藤野可織さんによる短編小説『さよなら』が、会場を訪れた来場者に配布されるという試みもなされています。
こちらは、絵画と文芸という異なる表現媒体の相互反射を意図しており、絵画を鑑賞するだけではなく、文字を介して読むだけでなく、作品世界へ侵入するような体験ができます。

本展覧会の見どころ

企画者である宮本武典が展示構成を手がけており、展示室を5つのテーマに分け、諏訪作品の変遷を段階ごとに見せる構成になっています。

モチーフの変奏を追う

左「どうせなにもみえない Ver.7」2014年、右「美しいだけの国 Ver.2」2015~2016年

第一章「どうせなにもみえない」では、ヌードと頭蓋骨、豆腐と骨格標本、そのようなモチーフを使用した初期作品が展示されています。諏訪の初期から中核をなすモチーフである「肉体」と「骨格」は、生命と死の境界を探る象徴であり、同時に可視と不可視、存在と不在との緊張が感じられます。
一見して写実性と緻密描写によるリアリズムに見えますが、一度視線を離して眺めると、肉と骨の間には「余白」があり、観者の想像を促す余地を残しています。つまり、「完全な再現」ではなく、「存在の兆候を写し取る」試みとしての写実、とでも言うべき表現です。

リサーチによる表現

右手前「father」1996年、佐藤美術館所蔵

展覧会中盤の第三章「横たえる」では、諏訪が遺族から依頼を受けて描いた肖像画シリーズや、社会的・歴史な背景とともに家族を描いた作品もも展示されていました。
このような作品は、ただ姿を描くことを超えて、「記憶を刻む」責任感や、内的時間との共振を写し取ろうとする意図が伺えることでしょう。
それらの制作において技法・研究・資料調査の裏付けを結びつけながら提示されているようでした。
人物の表情や瞳の陰影、光と影の繊細な揺らぎ、そして背景との微妙なズレを通じて、見ること、そして思い出すことの関係性を鑑賞者に問いかけてくるような作品が展示されていました。

静物・モチーフ—「見ること」と「描くこと」の距離

「諏訪敦|きみはうつくしい」展示風景

第四章の「語りださないのか」には、近年諏訪が重視してきた静物作品群が展示されています。
会場では、モチーフとして並べられた、骨格標本、日用品、プラスター、素材片といった各作品の中で写実的、また写実を装いつつ、時間と余白を背負って立ち現れていました。
彼の静物画を通じて「描かれること」の意味を再考し、「存在とは何か」「描写とは何か」を立ち止まって考えさせる糸口となっています。

最新作《汀にて》とその制作過程

「諏訪敦|きみはうつくしい」展示風景

本展覧会のハイライトは、第五章「汀にて」で紹介される最新の大型絵画 《汀にて》 です。展覧会公式案内でも、本作を展覧会のメインビジュアルにも使用されています。
《汀にて》とは、新型コロナ禍という特殊な条件下で、モデルとの対面制作が難しくなったこと、また母親の介護や看取りを経て人物を描くことから遠ざかった諏訪氏諏訪氏。
自宅アトリエで静物画研究を重ねたうえで、それらを素材としてブリコラージュ的に構成した「人型」を描いた作品です。
古い骨格標本、プラスター、外壁充填材など、アトリエ内で出会った素材を組み合わせてつくったモチーフを通して、存在と虚構、時間と質量との関係を探る試みです。
そしてそれらを「人型」へと合目的に構成し直す試みは、来場者にとっての視覚的/時間的介入を強く問うものでした。
作品本体に加え、制作過程をうかがい知ることができる素描、モチーフオブジェクト、ドキュメンタリー映像も楽しめ、来場者に制作プロセスを可視化し、作者に寄り添うような趣向が感じられました

最後に

「諏訪敦|きみはうつくしい」展示風景

展覧会タイトル「きみはうつくしい」が問うものは、ただ「美しい」という形容詞ではありません。作者が何度も問う「描くことの意味」「存在の尊厳」「記憶と想像の共振」など絵画を媒介にし、見る者と見られる者、記憶と想像、存在と余白を揺らがせようとするタイトルだと感じました。
諏訪の作品群は、「見ること」と「描くこと」の距離を常に意識させ、顕微鏡のような描写が持つ引力と、全体を見せようとする視線との揺らぎを、来場者に体験させてくれます。
ドキュメンタリー映像と素描やモチーフ展示の併設は、制作の現場(アトリエ)へと誘いながら、それと同時に「完成作品」への距離をも意識させ、鑑賞者に緊張感を与えてくれます。
本展覧会では、来場者と作者の制作思想と時間を共有しようとする総力を注ぎ、82点の作品を通じて過去から現在へと時間を横断しつつ、制作過程の可視化、文芸との接続、空間設計という多層的な構成で展開されています。
諏訪敦という画家の「いま」と同時に来場者の「見ること」への問いを呼び覚まし、鑑賞ではなく「参与」の体験から静かな沈黙と問いの時間を与えてくれる会場に足を運んでみてはいかがでしょうか。

「諏訪敦|きみはうつくしい」展示風景

【情報】
諏訪敦|きみはうつくしい
会期:2025年9月11日(木)~ 2026年3月1日(日)
会場:WHAT MUSEUM
時間:火曜~日曜 11:00~18:00(最終入館 17:00)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜)/年末年始(2025年12月29日〜2026年1月3日)
    ※ただし 2026年1月5日(月)は開館とする記載もあり
ホームページ:https://what.warehouseofart.org/exhibitions/suwa-atsushi/

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