【東京都現代美術館】エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし

アイティーエル株式会社では、一人でも多くの方が美術館や博物館を訪れるきっかけとなるべく、2020年7月より【ミュージアム・レポート】を開始いたしました。
今回は、東京都現代美術館にて開催している、世界中で愛される絵本『はらぺこあおむし』の日本語版刊行50周年を記念した企画展「エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし」をご紹介します。

本展覧会について

ページごとに紙のサイズが変わり、あおむしの食べた跡が穴で表現されている絵本『はらぺこあおむし』は、現在でも世界中で愛されています。
会場では、『はらぺこあおむし』(1969年)や『パパ、お月さまとって!』(1986年)、『10このちいさな おもちゃのあひる』(2005年)など、27冊の絵本の原画にあわせ、グラフィックデザイナー時代の作品、最初の構想段階で作られるダミーブック、コラージュに使用する素材(色や模様をつけた紙)など、約180点を展示。
展示品からは、原画の色鮮やかさはもちろん、デザイナーとしての造本の工夫、そして絵本に込めた優しいまなざしを体験できるとともに、絵本作家ではなくデザイナーとしての側面にも光をあてながら、カールの絵本を今まさに楽しんでいるこどもだけでなく、デザインに関心のある大人にも改めて彼の魅力を紹介します。

見どころ①:『はらぺこあおむし』の再発見

本展覧会最大のハイライトは、やはりタイトルにも登場する、『はらぺこあおむし』の原画群です。
1969年に発表されたこの作品は、ページごとに異なるサイズ、そして食べ跡を示す穴という仕掛けによって、こどもの身体感覚に直接働きかけるような革新的な絵本として知られています。
会場の原画を前にすると、鮮やかな色彩はより深く、コラージュの紙片の重なりは微細な陰影を生み出し、物質としての存在感を放っており、その印象は印刷物とは大きく異なります。
さらに興味深いのは、初期アイデアとして制作されたダミーブックの「みみずのウィリーのいっしゅうかん」です。これは『はらぺこあおむし』の原型とも言える存在であり、「穴」という発想がどのように生まれ、発展したのかを示す貴重な資料となっています。

見どころ②:コラージュ技法の美学

エリック・カール 手彩色の薄紙、エリック・カール絵本美術館

カール作品の核心にあるのが、手彩色された紙を用いたコラージュ技法です。本展覧会では、色や模様をつけた紙そのものが展示されており、制作プロセスを具体的に理解することができます。
これらの紙は、単なる素材ではなく、既に完成された「抽象絵画」とも言え、カールはアクリル絵具で色面やテクスチャーを施した紙を大量に作り、それを切り貼りして構築していきます。
この方法は、絵を描くというよりもイメージを「編集」する行為に近いといえるでしょう。
ここには、20世紀のモダンデザインやコラージュ芸術との明確な接点が見て取れ、つまりカールの作品は、子ども向けの絵本でありながら、同時に近代美術の文脈に連なる表現としても捉えられます。

見どころ③:グラフィックデザイナーとしての出発点

本展覧会のもう1つの重要な軸は、カールのグラフィックデザイナーとしてのキャリアを紹介していることです。彼は広告業界で活動した経験を持ち、その視覚的コミュニケーションの技術が絵本制作に大きく影響しています。
展示されている初期のデザイン作品からは、明快な構図、視線誘導の巧みさ、そして大胆な色彩感覚が認識できることでしょう。これらはそのまま絵本に引き継がれ、ページをめくるリズムやストーリーの展開に深く関わっています。
つまりカールの絵本は「読む」ものというより、「見る・触れる・体験する」デザインオブジェクトとして成立させており、紙のサイズ、ページ構成、触覚的要素を含む、「本そのもの」をデザインの対象としていることが伺えることでしょう。

見どころ④:絵本の構造そのものをデザインする

エリック・カール作 『キャッチボールしよう!』偕成社刊、 1983年、偕成社

カールの革新性は、イラストレーションにとどまらず、「本の構造」そのものに及びます。例えば『パパ、お月さまとって!』における折りたたみページや、『はらぺこあおむし』の穴あき構造は、ストーリーとプロダクトが結びついた素敵なデザインです。
こうした仕掛けの実物を間近で観察できるため、印刷物として鑑賞していた時には気づきにくかった立体的な設計思想が明確となり、デザイン教育の観点からも示唆に富むポイントであると言えるでしょう。

最後に

本展覧会は、誰もが知る『はらぺこあおむし』という入り口から、エリック・カールという作家の本質へと深く導く構成になっています。懐かしさに浸るだけでも十分に楽しめますが、制作プロセスやデザイン的視点に目を向ければ、その体験は一層豊かなものとなるでしょう。子どもにとっては、色彩や形、親しみのあるキャラクターとの再会が主な魅力となり、大人にとっては、構成・素材・プロセスに注目することで、作品の奥行きを再認識する機会となり、子どもと訪れるのも良いですが、大人こそが愚直に向き合う価値のある展覧会と言えます。
彼の作品は、グラフィックデザイン、コラージュ美術、プロダクト設計、子ども向け表現の思想が、有機的に結びつき、絵本というジャンルを超えた総合的な視覚芸術として楽しみながら、「子どものための簡単な絵」ではなく、「誰にでも開かれた高度な芸術」と表し、見る者の年齢や経験に応じて、その意味を変化させる柔軟性を持っています。

写真はすべて「エリック・カール展」展示風景、東京都現代美術館、2026年
Eric Carle: Art, Books, and the Caterpillar is organized by The Eric Carle Museum of Picture Book Art, Amherst, Massachusetts, United States.

情報

エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし
会期:2026年4月25日(土)- 7月26日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室1F/3F
開館時間:10:00 ー 18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(7月20日をのぞく)、7月21日
ホームページ:https://ericcarle2026-27.jp/